A. 低用量アスピリン療法

流産、死産の原因には、解剖学的、遺伝的、内分泌学的、免疫学的など様々な要因があります。このうち、免疫学的要因として、“抗リン脂質抗体”とよばれる自己抗体により引き起こされる、“抗リン脂質抗体症候群”が重要であることが知られています。 また,“抗リン脂質抗体”は流産、死産だけでなく,重症妊娠高血圧症候群(中毒症)や胎盤機能不全にも関連していることが分かっています.なぜ抗リン脂質抗体があると流産や死産が起こるかについてはいろいろな原因が考えられますが、主に自己抗体による絨毛間腔(胎盤の母体血液から酸素や栄養のやりとりをする場所)における血栓形成の亢進によって引き起こされていると考えられています。すなわち、このような重要な場所で血栓が生じ、血液循環が障害されれば、胎児(芽)に酸素や栄養が行き渡らなくなり、胎児死亡・流産が起こるのです。また、最近では抗リン脂質抗体症候群とならび、血液凝固異常状態でも流産や死産、妊娠中毒症などが起こることがわかってきました。

 

こうした病態に対して、アスピリンが用いられています。アスピリンは古くから解熱鎮痛剤として汎用されていることはご存じの通りです。アスピリンの大人の常用量は1000-4500mg/日とされています。このアスピリンを少量(40-100mg/日)服用すると、抗凝固作用があることがわかってきました。このことは最初に海外での心筋梗塞や脳梗塞(ともに血栓が原因)に対する調査で明らかになりました。今では心筋梗塞や脳梗塞の再発予防薬として市民権を獲得し、バファリン81とバイアスピリン(100mg)は保険にも収載されています。

では、流産や死産に対して効果はあるのでしょうか。1980年代後半に、抗リン脂質抗体症候群による流産を繰り返している妊婦にはアスピリンの効果を認めるという初めての報告がされています。特に妊娠中期(妊娠13週以降)に流・死産の既往がある場合は、アスピリン服用の効果があるといわれています。しかし、抗リン脂質抗体をもつ不育症の患者さんの人口は、心臓病や脳血管疾患の患者さんに比べるとずっと少ないため、大規模な調査結果がなく、不育症でのアスピリンの効果が科学的に立証されているとはいえません。しかし、副作用が少ないこと、上記のように実際に抗リン脂質抗体症候群で有効性であるという報告があること、特にヘパリンとの併用で有効性が実証されていることなどから、当院では抗リン脂質抗体が陽性の方には低用量アスピリン療法を推奨しています。
なお、現在のところアスピリン(バファリン81,バイアスピリン)の抗リン脂質抗体症候群に対する保険適応はありません。


副作用・妊娠中のアスピリン服用について

妊娠中はいかなる薬でも、服用の際に注意が必要です。低用量アスピリン療法も低用量とはいえいくつかの注意点があります。ポイントは2点あり、
◆妊娠初期の催奇形性の問題

◆予定日12週以内(妊娠28週以降)の服用による問題
に集約されると思われます。低用量アスピリン療法でよく用いられるバイアスピリン(R)錠100mgの薬剤添付文書には、妊娠中の服用に関して、「禁忌」と「使用上の注意」の項で以下のような重要な記載があります。

 

 

■禁忌(次の患者には投与しないこと)
(1)本剤の成分又はサリチル酸系製剤に対し過敏症の既往歴のある患者
(2)消化性潰瘍のある患者[プロスタグランジン生合成抑制作用により,胃の血流量が減少し,消化性潰瘍を悪化させることがある.
(3)出血傾向のある患者[血小板機能異常が起こることがあるため,出血傾向を助長するおそれがある.]
(4)重篤な血液の異常のある患者[血液の異常をさらに悪化させ,重篤な副作用が発現するおそれがある.]
(5)アスピリン喘息(非ステロイド性消炎鎮痛剤等による喘息発作の誘発)又はその既往歴のある患者[重篤なアスピリン喘息発作を誘発させることがある.]
(6)出産予定日12週以内の妊婦

■使用上の注意
妊婦,産婦,授乳婦等への投与
(1)出産予定日12週以内の妊婦には投与しないこと.[妊娠期間の延長,動脈管の早期閉鎖,子宮収縮の抑制,分娩時出血の増加につながるおそれがある.]
(2)妊婦(ただし,出産予定日12週以内の妊婦は除く)又は妊娠している可能性のある婦人には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること.[動物試験(ラット)で催奇形性作用があらわれたとの報告がある.妊娠期間の延長,胎児の発育過度につながるおそれがある]
(3)授乳中の婦人には本剤投与中は授乳を避けさせること.[母乳中へ移行することが報告されている]

 


禁忌の項にある(1)〜(5)については妊娠の有無に関係なく遵守しなければいけない項目です。問題なのは(6)の出産予定日12週以内、すなわち妊娠 28週以降の妊婦には禁忌となっている点です。先ほどから述べているように、抗リン脂質抗体症候群では妊娠初期の流産をはじめ、中期以降の胎内死亡、子宮内発育遅延、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)などの産科合併症が起こります。したがって、合併症発生のリスクは分娩が終了するまで続くと考えられ、この点から28週で服用を中止することは理にかなっていません。薬剤添付文書には28週以降に服用すると妊娠期間の延長,動脈管の早期閉鎖,子宮収縮の抑制,分娩時出血の増加につながるおそれがある、と書かれています。この中で最も問題となるのは、赤ちゃんの動脈管早期閉鎖です。子宮内の胎児には出生後とは異なる循環系があり、生まれるとその役割を終えるものがあります。その一つが動脈管で、これが子宮内で生まれる前に閉鎖すると問題ですが、アスピリンは早期閉鎖を起こすことが知られています。実際には低用量のアスピリン(バファリン81やバイアスピリン)服用で胎児循環系に異常が生じたという報告は現時点ではありません。しかし、理論的には起こりうるので分娩が近い時期には服用しない方がよいとされているのです。また、妊娠期間の延長,子宮収縮の抑制,分娩時出血の増加など他の副作用が考えられるとの記載ですが、これらの副作用に比べても、抗リン脂質抗体症候群で起こる胎内死亡という合併症は重篤です。このような考えから、当院では妊娠35週6日までのアスピリンの服用を推奨し、付属病院の倫理委員会でも承認されています。また、「使用上の注意」にある、「妊婦(ただし,出産予定日12週以内の妊婦は除く)又は妊娠している可能性のある婦人には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること.」ではアスピリンの催奇形性に触れています。動物実験からの報告ですのでヒトにはそのまま当てはまるわけではありません。また、投与量も大量で、現実的にヒトにその量の投与が行われることはありません。妊婦への投与に関する研究報告は数多く出されていますが、その殆どで胎児に対する催奇形性を否定しています。最近の最も大きな調査(メタアナリシス、American Journal of Obstetrics and Gynecology:2002)では、アスピリン服用による全体的な奇形発生率の上昇はなかったことが報告されています。ただし、腹壁破裂のみについてはその発生率が上昇する可能性は否定できないとしています。以上の理由で、当院では妊娠が判明する前からアスピリンを開始し、36週前に中止する服用法を推奨しています。ただし、過去の流産歴や抗リン脂質抗体の抗体価などを考慮し、28週で服用を中止する場合もありますので、詳細は主治医にご相談下さい。


代替治療・手段について

1)副腎皮質ホルモン
プレドニンを服用する方法がありますが、最近では内科的合併症がある場合を除いては、妊娠中に使用することは少なくなっています。

2)柴苓湯


3)ヘパリン療法

ヘパリンは抗凝固作用が強く、アスピリンと併用して使われます。アスピリンが使えない時は単独で使用することがあります。
4)ガンマグロブリン療法

抗リン脂質抗体症候群に使用して有効であったいう報告がありますが、保険適応はなく大変高価です。
 

 
診療科目

所在地・ご連絡先

〒113-8603
東京都文京区千駄木1-1-5
電話:03-3822-2131(代表)
地図と交通
  • 紹介状をお持ちの方へ
  • 感染対策
  • 付属病院現職看護師 説明会案内
  • 学校法人日本医科大学アクションプラン21新病院建設プロジェクト
  • Webマガジン がん特集
  • Webマガジン 生活習慣病特集
  • Webマガジン 女性の病気特集
  • Webマガジン 子どもの病気特集
ページトップへ